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2007.1.5
土門さん
貴方の名前はなんて言うんですか?僕はね、”土門”と言います。”土門拳”とおんなじなんだよね☆
アハハハ☆
親指だけしか残っていないミトングローブのような左の手を右手で弄びながら土門さんは屈託なく笑いました。日焼けした顔、目尻の深い皺。もしかしたら、うちのとーちゃんかーちゃんより歳上なのかも知れません。
土門さんは僕が知り合った看板持ちのおじさんです。
去年の暮れ、僕は放浪書房の運転資金と旅費用の調達の為、一ヶ月程の短期のアルバイトをしていました。
勤務地は「サラリーマンの街 新橋」。
家からはだいぶ遠かったけれど高い時給と「年末ジャンボ宝くじ」のキャンペーンという仕事内容に惹かれて週六日勤務でモリモリ働いていたのでした
とは言ったものの、僕が任されたポジションは烏森口にある有名な宝くじ売り場が運営する「宝くじミュージアム」の管理。
主な仕事は売り場と間違えて入ってきたお客さんに道案内をすることと、展示物として置かれた「三億円のリプリカ」を盗まれないように見張ること。
まぁ「まんぱん商事」でいえば「庶務二課」のようなあっても無くても変わりないオマケポジション。
そんな訳でお客さんも一日に数えるくらい。
これで時給1500円は申し訳ないな〜と思いつつ自前の掃除用具で入念に掃除したり、展示物の不備を直したりPOPを追加したり社員の目の届かない事をいいことに新しい展示物を作ったりお客さんに喜ばれる接客方法を考えてみたりと、ショムニなりにもなかなかに充実した毎日を過ごしていました。
ちなみにこの「宝くじミュージアム」の一番の人気アトラクション?は名付けて「宝当神社バーチャル祈願☆」。
佐賀県にある宝くじの当選祈願で有名な神社に実際に参拝した気分を味わってもらえるというもの。
これがなかなかの人気です☆面白半分にやる人もいれば全身全霊を込め!我が命運!一家の存亡ここにあり!!的なひどく命懸けのお客さんまで。大安吉日はかきいれ時で参拝待ちの列が出来ることもありました。
土門さんも、そんな参拝客の一人でした。
朝の10時にシャッターを開けると僕はすぐに日課の清掃にかかります。
初めは2時間近くかかっていたけど、その頃には要領を覚えて半分近くの時間ですむようになっていました。
パン☆パン☆
と柏手の音がして振り向くとアディダスのベンチコートを着た小柄なおじさんが「バーチャル神社」に向かって熱心に祈っていました。
おじさんはくるりと振り返り、人懐っこい笑顔を見せるとベンチコートの左胸に手を当てて言いました、
いやぁー☆40枚じゃ少なかったかなぁ〜?
当たるといいなぁ〜?
駄目かな〜☆アハハハ!
当たるといいなぁ〜☆
当たるといいですね☆
と僕。
その日からそのおじさんは毎日、朝とお昼過ぎの決まった時間に参拝していくようになりました。
でも、僕はなんとなく気付いていたんです。
おじさんが本当は宝くじを買っていないという事を。
だって「バーチャル神社」には宝くじを置ける祈願台があるんですが、毎日来てるけどおじさんがそこに宝くじを置いているのを見たことがありませんでしたから。
正直な話、僕はおじさんがホームレスかなとも思っていたんです。なんせ新橋駅周辺にはかなりいますし、ホームレスの中にはおじさんの様に小綺麗な格好と人あたりの良い人達がいるのも知っていたからです。
その日もおじさんは決まった時間にやってくると、いつものように熱心に祈願していました。
終わるといつもの台詞・・・と思いきや。
やぁ!おはよー☆今日も一生懸命にきれいきれいにしていたねー!!朝見ていたよ。
僕は駅前で「看板持ち」をしているんだよ☆
あーそれでか。だから毎日朝とお昼休憩の時に遊びに来るんだね。
その日から僕達は打ち解けてよく話しをするようになりました。
そして分かったのが、毎日のご祈願は僕に対する心遣いだったという事。
僕の勤める宝くじミュージアムは、ニュース番組なのでサラリーマンのインタビューで必ずと言っていい程使われる新橋駅の「SL広場」に面した駅ビルの一階にあります。
待ち合わせ場所としても有名ですし、駅ビルの中は飲食店やチケット屋やパチンコ屋、マッサージ店が密集しており人通りが絶えません。
宝くじミュージアムは外扉を開け放ちビル側の扉も開放している為にどうしても駅ビルへの通り道として使われてしまうのです。
殆どの人がさも当然というように足早に通り過ぎていくのに、おじさんは僕に気を遣って通り抜ける際には必ず宝くじの祈願をするフリをしてくれていたんです。
僕はその心遣いが凄く嬉しかったんです。
おはよー☆
ご苦労さん!
今日も冷えるよね!
頑張ってねー
さよなら!
毎日、土門さんと交わす何気ないけど、温かい言葉のキャッチボール。
ほら、僕は事故でこっちの手が不便だからね、富永さんのように普通の仕事はね難しいんだよ。歳も歳だしね!おじさんはどこも雇っちゃくれないんだよね。アハハ!
いつもはコートのポケットに突っ込んでいる初めて見たおじさんの左手。
そして初めて知ったおじさんの名前。
土門さん。
看板持ちの仕事って幾らくらい貰えるの?
なんとか話を繋ごうと咄嗟に出てしまった何気ない一言。
富永さんのお給料の半分にもならないよ。
土門さんは少しだけ悲しそうな、バツの悪そうな顔をして何も言わずに目の前の降りエスカレーターを駆け下りて行きました。
なんて、配慮にかけることを言っちゃったんだろ。
何の仕事をしていても、幾らの給料を貰おうとそんな事はその人を計る物差しになんてならない。
そんな事知っている筈なのに。
自分が情けない。
誰かが背中を叩きます。
振り返るとそこには土門さん。
顔をくしゃくしゃにして、満面の笑顔で立っていました。
これ、あげるよ☆たくさん貰ったんだ!
黒くてゴツゴツした働く男の右手、そして親指だけしか残っていないミトングローブのような左手で作ってくれたお皿の中には色とりどりのキャンディーが沢山☆
ありがとう☆
僕は片方の手でガバッと掴み取って、そのうちの一つを口にほうり込みました。
口の中にスーッと涼しげなミントの味が広がりました。
土門さんはそんな僕を見て満足そうに頷いていました。
時には缶コーヒーだったり、ホッカイロだったり、喉アメだったり。
土門さんと僕はしょっちゅうお互いが手に入れたマル秘アイテムの交換こをしました。
そしてやってきたアルバイト最後の日。
それは土門さんとの別れの日。
富永さんいなくなるのは寂しいなぁ。
今度また新橋来なよ!酒飲もうよ!
俺、死ぬほどお酒弱いよ?いいーの?
おどけて聞く僕に、
そっかぁ☆じゃあカラオケだな!
左手でマイクを握る真似をしておどけて見せる土門さん☆
じゃあそっちで☆
これ、僕の働いてる会社の住所と電話番号ね!寮に入っているからさ電話取り次いでくれるから!
そう言うとノートの切れ端に連絡先を書いたメモをくれました。
僕も用意していた放浪書房のショップカードの裏に連絡先を書いて渡しました。
最後の交換こ。
じゃあ!また!
うん☆じゃあまた!
烏森の雑踏の中に土門さんを見送りました。
ん?
後から僕のコートのポケットに手が伸びます。
あれ?
土門さん!?ポケットに手を入れるとホカホカの缶コーヒーが入っていました☆
じゃーね☆
ありがと!!またね!
また、いつでも会える。そう思っていたんです。
その日の夜。
バイトの同僚達と軽い打ち上げをして家に帰ると、居間のコタツでのんびり。
何気なく付けたテレビからは夜のニュースが流れていました。
「今日3時頃、豊島区大塚にある広告代理店〇〇〇〇に警察の家宅捜索が入りました。
新橋駅前で偽の道路使用許可書を使い、消費者金融の看板持ちを請け負っていた疑いで代表取締役の・・・・・」
えっ!?何?どういう事?
財布の中に入れた土門さんからのメモには、何度見返してもニュースと同じ会社名が書いてありました。
僕はしばらくの間、何が起こったのか把握出来ずにいました。 それからしばらくして、僕は再び新橋の街を訪れました。
あの後すぐ、土門さんの会社に電話したけど、やっぱり誰も出ませんでした。
僕が勤めた宝くじミュージアムはジャンボの期間だけオープンですからシャッターが下りていました。
そして、あれだけの行列が出来た烏森の宝くじ売り場も数箇所の窓口が開いているのみで、閑散としていました。
コートの襟に首を埋めるようにして足早に歩くサラリーマン。
汐留のイルミネーションを見にいくのか、はしゃぎながら通り過ぎていくおばさん達。
サンタクロースの格好をして街頭に立つパチンコの看板持ち。
烏森口にも、SL広場にも土門さんの姿はありませんでした。
師走の風は冷たくて、僕はダウンジャケットのポケットに手をいれました。
いつかの缶コーヒーの温もりとあの人懐っこい笑顔を思い出していました。
いやぁー!富永さん!
あんときばかりはさすがに参ったよ〜★
アハハハ☆
なんてね。笑っていうのかな。
土門さん。酒、死ぬ程弱いけど、いつかあの夜の事件を肴に一緒に飲めるのを楽しみにしてるね。
アハハハ☆
親指だけしか残っていないミトングローブのような左の手を右手で弄びながら土門さんは屈託なく笑いました。日焼けした顔、目尻の深い皺。もしかしたら、うちのとーちゃんかーちゃんより歳上なのかも知れません。
土門さんは僕が知り合った看板持ちのおじさんです。
去年の暮れ、僕は放浪書房の運転資金と旅費用の調達の為、一ヶ月程の短期のアルバイトをしていました。
勤務地は「サラリーマンの街 新橋」。
家からはだいぶ遠かったけれど高い時給と「年末ジャンボ宝くじ」のキャンペーンという仕事内容に惹かれて週六日勤務でモリモリ働いていたのでした
とは言ったものの、僕が任されたポジションは烏森口にある有名な宝くじ売り場が運営する「宝くじミュージアム」の管理。
主な仕事は売り場と間違えて入ってきたお客さんに道案内をすることと、展示物として置かれた「三億円のリプリカ」を盗まれないように見張ること。
まぁ「まんぱん商事」でいえば「庶務二課」のようなあっても無くても変わりないオマケポジション。
そんな訳でお客さんも一日に数えるくらい。
これで時給1500円は申し訳ないな〜と思いつつ自前の掃除用具で入念に掃除したり、展示物の不備を直したりPOPを追加したり社員の目の届かない事をいいことに新しい展示物を作ったりお客さんに喜ばれる接客方法を考えてみたりと、ショムニなりにもなかなかに充実した毎日を過ごしていました。
ちなみにこの「宝くじミュージアム」の一番の人気アトラクション?は名付けて「宝当神社バーチャル祈願☆」。
佐賀県にある宝くじの当選祈願で有名な神社に実際に参拝した気分を味わってもらえるというもの。
これがなかなかの人気です☆面白半分にやる人もいれば全身全霊を込め!我が命運!一家の存亡ここにあり!!的なひどく命懸けのお客さんまで。大安吉日はかきいれ時で参拝待ちの列が出来ることもありました。
土門さんも、そんな参拝客の一人でした。
朝の10時にシャッターを開けると僕はすぐに日課の清掃にかかります。
初めは2時間近くかかっていたけど、その頃には要領を覚えて半分近くの時間ですむようになっていました。
パン☆パン☆
と柏手の音がして振り向くとアディダスのベンチコートを着た小柄なおじさんが「バーチャル神社」に向かって熱心に祈っていました。
おじさんはくるりと振り返り、人懐っこい笑顔を見せるとベンチコートの左胸に手を当てて言いました、
いやぁー☆40枚じゃ少なかったかなぁ〜?
当たるといいなぁ〜?
駄目かな〜☆アハハハ!
当たるといいなぁ〜☆
当たるといいですね☆
と僕。
その日からそのおじさんは毎日、朝とお昼過ぎの決まった時間に参拝していくようになりました。
でも、僕はなんとなく気付いていたんです。
おじさんが本当は宝くじを買っていないという事を。
だって「バーチャル神社」には宝くじを置ける祈願台があるんですが、毎日来てるけどおじさんがそこに宝くじを置いているのを見たことがありませんでしたから。
正直な話、僕はおじさんがホームレスかなとも思っていたんです。なんせ新橋駅周辺にはかなりいますし、ホームレスの中にはおじさんの様に小綺麗な格好と人あたりの良い人達がいるのも知っていたからです。
その日もおじさんは決まった時間にやってくると、いつものように熱心に祈願していました。
終わるといつもの台詞・・・と思いきや。
やぁ!おはよー☆今日も一生懸命にきれいきれいにしていたねー!!朝見ていたよ。
僕は駅前で「看板持ち」をしているんだよ☆
あーそれでか。だから毎日朝とお昼休憩の時に遊びに来るんだね。
その日から僕達は打ち解けてよく話しをするようになりました。
そして分かったのが、毎日のご祈願は僕に対する心遣いだったという事。
僕の勤める宝くじミュージアムは、ニュース番組なのでサラリーマンのインタビューで必ずと言っていい程使われる新橋駅の「SL広場」に面した駅ビルの一階にあります。
待ち合わせ場所としても有名ですし、駅ビルの中は飲食店やチケット屋やパチンコ屋、マッサージ店が密集しており人通りが絶えません。
宝くじミュージアムは外扉を開け放ちビル側の扉も開放している為にどうしても駅ビルへの通り道として使われてしまうのです。
殆どの人がさも当然というように足早に通り過ぎていくのに、おじさんは僕に気を遣って通り抜ける際には必ず宝くじの祈願をするフリをしてくれていたんです。
僕はその心遣いが凄く嬉しかったんです。
おはよー☆
ご苦労さん!
今日も冷えるよね!
頑張ってねー
さよなら!
毎日、土門さんと交わす何気ないけど、温かい言葉のキャッチボール。
ほら、僕は事故でこっちの手が不便だからね、富永さんのように普通の仕事はね難しいんだよ。歳も歳だしね!おじさんはどこも雇っちゃくれないんだよね。アハハ!
いつもはコートのポケットに突っ込んでいる初めて見たおじさんの左手。
そして初めて知ったおじさんの名前。
土門さん。
看板持ちの仕事って幾らくらい貰えるの?
なんとか話を繋ごうと咄嗟に出てしまった何気ない一言。
富永さんのお給料の半分にもならないよ。
土門さんは少しだけ悲しそうな、バツの悪そうな顔をして何も言わずに目の前の降りエスカレーターを駆け下りて行きました。
なんて、配慮にかけることを言っちゃったんだろ。
何の仕事をしていても、幾らの給料を貰おうとそんな事はその人を計る物差しになんてならない。
そんな事知っている筈なのに。
自分が情けない。
誰かが背中を叩きます。
振り返るとそこには土門さん。
顔をくしゃくしゃにして、満面の笑顔で立っていました。
これ、あげるよ☆たくさん貰ったんだ!
黒くてゴツゴツした働く男の右手、そして親指だけしか残っていないミトングローブのような左手で作ってくれたお皿の中には色とりどりのキャンディーが沢山☆
ありがとう☆
僕は片方の手でガバッと掴み取って、そのうちの一つを口にほうり込みました。
口の中にスーッと涼しげなミントの味が広がりました。
土門さんはそんな僕を見て満足そうに頷いていました。
時には缶コーヒーだったり、ホッカイロだったり、喉アメだったり。
土門さんと僕はしょっちゅうお互いが手に入れたマル秘アイテムの交換こをしました。
そしてやってきたアルバイト最後の日。
それは土門さんとの別れの日。
富永さんいなくなるのは寂しいなぁ。
今度また新橋来なよ!酒飲もうよ!
俺、死ぬほどお酒弱いよ?いいーの?
おどけて聞く僕に、
そっかぁ☆じゃあカラオケだな!
左手でマイクを握る真似をしておどけて見せる土門さん☆
じゃあそっちで☆
これ、僕の働いてる会社の住所と電話番号ね!寮に入っているからさ電話取り次いでくれるから!
そう言うとノートの切れ端に連絡先を書いたメモをくれました。
僕も用意していた放浪書房のショップカードの裏に連絡先を書いて渡しました。
最後の交換こ。
じゃあ!また!
うん☆じゃあまた!
烏森の雑踏の中に土門さんを見送りました。
ん?
後から僕のコートのポケットに手が伸びます。
あれ?
土門さん!?ポケットに手を入れるとホカホカの缶コーヒーが入っていました☆
じゃーね☆
ありがと!!またね!
また、いつでも会える。そう思っていたんです。
その日の夜。
バイトの同僚達と軽い打ち上げをして家に帰ると、居間のコタツでのんびり。
何気なく付けたテレビからは夜のニュースが流れていました。
「今日3時頃、豊島区大塚にある広告代理店〇〇〇〇に警察の家宅捜索が入りました。
新橋駅前で偽の道路使用許可書を使い、消費者金融の看板持ちを請け負っていた疑いで代表取締役の・・・・・」
えっ!?何?どういう事?
財布の中に入れた土門さんからのメモには、何度見返してもニュースと同じ会社名が書いてありました。
僕はしばらくの間、何が起こったのか把握出来ずにいました。 それからしばらくして、僕は再び新橋の街を訪れました。
あの後すぐ、土門さんの会社に電話したけど、やっぱり誰も出ませんでした。
僕が勤めた宝くじミュージアムはジャンボの期間だけオープンですからシャッターが下りていました。
そして、あれだけの行列が出来た烏森の宝くじ売り場も数箇所の窓口が開いているのみで、閑散としていました。
コートの襟に首を埋めるようにして足早に歩くサラリーマン。
汐留のイルミネーションを見にいくのか、はしゃぎながら通り過ぎていくおばさん達。
サンタクロースの格好をして街頭に立つパチンコの看板持ち。
烏森口にも、SL広場にも土門さんの姿はありませんでした。
師走の風は冷たくて、僕はダウンジャケットのポケットに手をいれました。
いつかの缶コーヒーの温もりとあの人懐っこい笑顔を思い出していました。
いやぁー!富永さん!
あんときばかりはさすがに参ったよ〜★
アハハハ☆
なんてね。笑っていうのかな。
土門さん。酒、死ぬ程弱いけど、いつかあの夜の事件を肴に一緒に飲めるのを楽しみにしてるね。
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